大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)4380号 判決 1978年8月09日
原告
北戸義信
ほか二五名
右原告ら訴訟代理人
豊川義明
佐藤欣哉
被告
社団法人全日本検数協会
右代表者理事
小沼三郎
右訴訟代理人
中山晴久
竹林節治
畑守人
主文
被告は原告らに対し、それぞれ別表一請求総額欄記載の金員及び右金員のうち同表(イ)欄記載の金員に対する昭和四六年八月二六日から、同表(ロ)欄記載の金員に対する昭和四八年六月二六日から、同表(ハ)欄記載の金員に対する昭和五〇年五月二六日から、同表(ニ)欄記載の金員に対する昭和五二年三月二六日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文と同旨。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張<以下、省略>
理由
一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二原告らが別表二の△印記載の日に組合活動のため欠勤し、これに対し、被告が欠勤一日につき二五分の一カツトを行なつたことは当事者間に争いがない。
三そこで、五〇分の一カツトの労使慣行と同内容の労働契約の成立について判断する。
1 就業時間中の組合活動に対する賃金保障のあり方の変遷について
(一) 請求原因3(一)の事実(編注――昭和三三年四月一日施行の被告の就業規則二三条によると「就業時間中に組合運動……その他協会の業務に関係のない事由で就業しない時はこれを欠勤、遅刻、又は早退として取扱う。但し、不当労働行為となるものを除き労働組合と協定した場合はその協定による。」と規定され、附属規定七条によると「無届にて欠勤又は休務した場合は一日に付各人の月額の基準内賃金(本給、家族手当、役付手当)の二五分の一を減額する。理由を付して届出て欠勤又は休務した場合には各人の月額の基準内賃金の五〇分の一を減額するものとする。」と規定されていた。)は当事者間に争いがない。
(二) 昭和三三年九月二五日被告と当時分会が二重加盟していた企業別労働組合である全日本検労組との間に「就業時間中の組合活動に関する取扱」と題する協定が結ばれ、被告大阪支部と全日検労組大阪支部との間でもこれが適用されたことは当事者間に争いなく、<証拠>によれば、右協定の内容は、(1)執行委員会等の各種委員会への出席は、正規執行委員会をもつて原則として一か月三回を越えない範囲で行ない、事前に作業担当次長、課長、所長と協議のうえ、出来うる限り作業に支障のない時期及び方法をとることとし、前日までに支部長に届出るものとする。(2)拡大執行委員会、評議員会、代議員会、その他これに類する会議への出席は、出来うる限り回数を月一回以内にとどめ、作業担当次長、課長、所長と協議のうえ作業に支障のない時期及び方法をとり、原則として三日前までに支部長に願い出るものとする。(3)上部団体及び友誼団体の会議への出席は、人員と回数を最小限度にとどめ、そのつど所属長を経て前日までに支部長に願い出るのとする。(4)以上の三場合を待機扱いとする。但し右三場合を通じて一人一か月の回数を協議のうえ支部において定めることができる。(5)支部定期大会への出席は、年一回に限つて作業に支障のない時期及び方法をとり、あらかじめ協会(被告)の承認をえた場合に限り待機扱いとする。(6)中央委員会、中央大会への出席は、あらかじめ協会に願い出て許可をえた場合に限り、原則として左表に示す日数以内の所要日数を待期扱いとする(として別表を定めた)。(7)団体交渉への出席は出勤扱いとするが、続行手当等の時間外手当は原則として支給しない、というものであることが認められる。
また、右協定の細目について大阪支部と全日検労組大阪支部との間で取決めがなされたことは当事者間に争いがない。
そして、証人岸本平八の証言(第一、第二回)、弁論の全趣旨によれば、右のような協定、取決めがなされたのは、当時被告の業務が生産性の低い前近代的な段階にとどまつており、船舶の入港情報が不確実でその荷役について計画性がなかつたうえ、検数業者間の過当競争ともあいまつて検数業務の需要の波動性が著しかつたところから、被告が多くの待機人員ないし待機時間をかかえていたため、就業時間中の組合活動に右のような便宜を与えることが可能であつたことが重要な契機をなしていた事実が認められ、これを覆えすに足る証拠はない。
(三) 分会が右協定に従い、昭和四八年一月二九日まで(但し、右協定自体が同三五年一一月二九日限り失効したことは後記のとおり)、分会員が就業時間中に組合活動に従事する場合その氏名、組合活動の内容、日時、場所を明示し、分会長名で被告大阪支部長宛に右分会員の配置便宜をはかられるよう文書で事前に届出(以下分会の届出というときは右届出をいう)をしたことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すれば、右協定締結後後記昭和三六年末か昭和三七年初頃まで右分会の届出のあつた場合には特に問題となることはなくすべて待機扱いとする取扱いが行なわれ、実際上右協定に定めた場合のみならず、広く一般の組合活動の場合にも同様の取扱いが行なわれたことが認められる。
(四) <証拠>を総合すれば、大阪地労委は、全港湾大阪地方本部との間の昭和三四年冬期一時金をめぐる紛争(不当労働行為救済申立事件)を審理する過程において、右両者の間には団体交渉開催の手続等も定まつておらず、また、就業時間中の組合活動に対する便宜を無反省、無原則に行なつているかに見える未成熟な労使関係が存在することに気づき、正常な労使関係を築く方途の一つとして、昭和三五年七月五日、「使用者は、業務の特殊性に鑑み、申立人(組合)が予め届出をし、使用者の承認を得た場合に限り申立人組合員の待期中の組合活動を認め、一方同組合員は、待期中の組合活動においても使用者の業務上の指揮、命令に従うこと」との条項を含む勧告を出し、両者ともこれを受け入れたこと(内容は別として、大阪地労委が右のような勧告を出し、これを労使双方が受け入れた事実は当事者間に争いがない)、その内容は事前届出があれば必ず当該組合員を待期扱いにするというものではなかつたが、以後しばらくは従来どおりの取扱いが続けられたことが認められる。
(五) <証拠>によれば、被告は、全日検労組に対し昭和年五年八月三一日付協定破棄勧告をなし、前記就業時間中の組合活動に対する取扱いに関する協定は同年一一月二九日限り破棄する旨通知し、その結果、右協定は同日限り失効したことが認められ、<証拠>を総合すれば、被告は右破棄通告の後、待機中の組合活動を認める(賃金カツトなし)ものの、執行委員会等の諸会議については賃金不支給を前提としてその出席を認めることを骨子とする「就業時間中の組合活動について、組合活動に関する協定(案)」なる代案を分会に提示したが、分会の了解がえられなかつたこと(被告が前記協定に代る提案をしたが、分会の了解がえられなかつたことは当事者間に争いがない)、その後右の問題に関する取扱いは被告各支部ごとの適宜の処理に任されたこと、被告大阪支部では右の事情によつて従前の取扱いに何らの変更もなかつたことが認められる。
(六) 日本経済が昭和三〇年代後半から高度成長時代に入り、貿易の拡大に伴い港湾施設が整備され、港湾荷役量が増大したことは当事者間に争いなく、<証拠>を総合すれば、その結果検数業務も繁忙となり、必然的に事業活動の近代化、合理化が進行し、それとともに検数業界においては、前記待機人員、待機時間が次第に削減されるに至り、分会の届出に対し、人員のやりくりがつかないため申出組合員の便宜をはかりがたい旨回答をなし、この場合においても分会側では、組合活動は被告の意向による制肘を受けず、分会の自主的判断に従つて行ないうるとの立場に立つて、当該分会員において欠勤のうえ組合活動を行なうという事態が生ずるに至つたことが認められる。
(七) <証拠>によれば、前記のように就業時間中の組合活動により業務に支障を生ずることがあるに及んで、被告は大阪支部において、昭和三六年末か昭和三七年初頃から前記分会からの届出に対し右配置の便宜がはかれない場合には、五〇分の一カツトをすると共に、その頃からいわゆる春闘、年末一時金要求闘争等に際し、労働条件についての組合の要求その他をめぐつて労使間に一致点が見出せず、争議(部分ストを含む)に発展した場合には、スト権が確立された時点(但し、被告がそう認知した時点)から事実上交渉が妥結した時点まで、組合活動を理由に分会から届出のうえ欠勤した者に対し、右争議行為に参加したか否かを問わず二五分の一カツトを行なうようになつたこと、しかし、配置の便宜がはかれる場合とか、作業計画上必ずしも支障なしとはいえないけれども、組合活動の種類、参加者の役割、人数等を考え、賃金保障もやむをえないと判断した場合、すなわち労使の団体交渉、中央経営協議会、これらの前後の執行委員会、共済等従業員の福利関係、地労委関係の組合業務に従事する場合には、従前どおり賃金が全額保障されたことが認められる。
そして、<証拠>によれば、被告大阪支部では、以上の区別による三種の取扱いは昭和四四年一〇月一五日まで存続したことが認められる。
(八) ところで、被告は、右二五分の一カツトは、争議の場合にとどまらず、被告が業務繁忙のため就労命令を出しても分会側が組合活動は分会独自の判断でなしうるとの立場からこれを拒否するときは、分会と被告の間に争議と同様の対立、抗争の関係が顕著であると考えた場合も行なつた旨主張し、これを裏づけるものとして乙第三〇ないし第四六号証を提出するが、<証拠>を総合すれば被告における争議は、毎年春闘が概ね三月下旬頃から始まつて五月下旬ないし六月初旬頃終り、夏季一時金闘争が六月中、下旬頃から始まつて七月中、下旬頃終り、更に秋季闘争と冬期一時金闘争が大体連続して一〇月下旬ないし一一月初旬頃から初まつて一二月初旬に終ることが認められ、この事実と証人河合仁の証言によると、右乙第三〇ないし第四六号証中の二五分の一カツトしたと思われる事例はいずれも右各種とのかかわりを否定しきれないから、争議と無関係な時期に被告主張のような対立、抗争の関係が発生して二五分の一カツトが行なわれた事実を認めるに十分でなく、証人岸本平八(第一回)の証言中右被告主張にそう部分はにわかに措信しがたく、他にこれを認めるに足る証拠はない。
また、<証拠>によると、分会におけるスト権確立後争議の妥結までの間にも、全額賃金保障し、あるいは五〇分の一カツトにとどめたことがあることが認められるけれども、被告はスト権確立時を正確に把握していなかつたこと(被告はこれを認知できた時から二五分の一カツトを行なつたことを自認するから、それは正確なスト権確立時点より遅れがちになると推測される)、団体交渉及びその前後の執行委員会の場合はそれが就業時間中に行なわれても賃金保障していたこと、正式な手続をふんだ争議妥結の前でも事実上妥結しさえすれば二五分の一カツトをしない取扱いであつたことの三点は被告の自認するところであり、この事実に<証拠>によつて認められる争議のあとでの労使間交渉によりさかのぼつて特定の日の賃金支給につき合意のできることがあつた事実を勘案すると、右被告主張の事例は、特別の事情があつて前記(七)記載の三種の取扱いからはずされた極めて例外的なものと認められるから、通常の原則的な取扱いが前記三種の区分に従つたものであることを認めるに障害となるものではないといわねばならない。
(九) 前記のように、五〇分の一カツトを実施する以前は長い間就業時間中の組合活動をすべて待期扱いとして賃金保障してきた経過があること、就業規則上一般に事前届出による欠勤は五〇分の一カツトにとどめる規定になつていること、成立に争いのない<証拠>によつて認められる当時被告東京、横浜の各支部では全面二五分の一カツトの取扱いを敢行したため、組合との間にトラブルを生じ結局労使間で五〇分の一カツトにとどめることの合意が成立した事実、前記のとおり、五〇分の一カツトの原則的取扱いが昭和四四年一〇月一五日まで確固として続けられたことの各事実に<証拠>の記載内容とを合わせ考えると、被告大阪支部では、右五〇分の一カツトを実施するにあたつて、実施以前の右の事情を十分認識し、企業経営に対する影響を見通し、労使間の円滑な関係を念頭においたうえで最も合理的なものと判断して実施にふみ切つたと推認するのが相当である。
この点について、証人木村賢一、同河合仁は、右五〇分の一カツトの実施は明確な一定の意図に基づかない単に恩恵的なものであると供述するが、被告は、営利を追求する企業として漫然実施したものであることを信ずべき根拠に乏しく、右証言部分はたやすく信用できない。
他方、原告北戸義信本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、分会及びその分会員においても、前記待機時間が実際に減少している事実を直視し、且つ前記就業規則の規定内容、右被告東京、横浜の各支部での紛争経過を考えた結果、以前の取扱いに比し不利になることを承知のうえで、右五〇分の一カツトをやむをえない措置として甘受することとし、以後その取扱いが原則化されるにつき一切異議を述べなかつたことが認められる(また、二五分の一カツトも右同様被告と対立、抗争している場合としてやむをえない措置であると考えたことが認められる)。
2 五〇分の一カツトを内容とする労働契約の成立について
(一) 以上の事実によれば、被告大阪支部は昭和三六年末か昭和三七年初頃就業時間中の組合活動に従事する分会員につき、分会から業務配置の便宜方はかられたい旨の文書による届出があつた場合において、配置の便宜がはかられないときは五〇分の一カツトをする取扱いを実施したが、右実施にあたつては明瞭な目的意思をもつてこれを行ない、また、分会及びこれに属する原則ら従業員においても、従来の取扱いより不利となつたにかかわらずあえてこれを甘受したことが認められ、しかも、右取扱いは約八年間変わることなく実施され、労使間においてかかる取扱いがなされたことにつき何らの疑義がなく、当然のことと認識されてきたことが推認されるから、右取扱いは労使慣行(事実たる慣習)として黙示的に被告と個々の分会員の間の労働契約の内容となつたと解するのが相当である。
(二) 被告は、組合用務のため欠勤した場合にその分会員個人から就業規則上の届出欠勤と同じ意味での届出がなされたことはなく、常に分会長から業務の配置の便宜をはかられたい趣旨の申入書が届出られただけであると主張するが、労働契約の内容に一定の効果の発生を第三者の行為にかからしめる定めを含ませたとしても、当該事項が労働契約の内容たりえなくなるものでないことはいうまでもなく、まして本件の場合、分会は分会員と別違のものでなく、分会員は分会の構成員であるから、届出の関係では実質的に分会の届出は分会員の届出とみなして差支えないと考えられる。なお、右届出は、就業規則上の事前届出とその趣旨において必ずしも一致しないが、ここでの問題は、就業規則上の届出と同じ届出があつたから同じ取扱いをなすということではないから、右主張は採用できない。
(三) 被告は、前記分会の届出に対し賃金を全額保障したこともあるし、五〇分の一カツトにとどめたこともあり、あるいは二五分の一カツトしたこともあつてその取扱いは区々であるから労働慣行は成立しないと主張するが、この点については、前記のとおり、右取扱いの区分の選択は特別の事情のない限り一定の基準に従つてなされたことが認められるから、右取扱いの内容が三種に分かれたことをもつて労使慣行自体の成立を否定する理由とはなしえない。
(四) また、一定の事実状態が反復又は継続しているからといつて、それがただちに労働契約の内容となるものでないことは被告主張のとおりであるが、本件の場合、就業時間中の組合活動の範囲に関する三種の取扱いは、前記のとおり少なくとも被告大阪支部の規模においては全従業員に関し長年固定的に行なわれてきたのであり、しかもその取扱いをなすにあたつては労使双方に一定の目的意思ないし意識的受容があり、その後も当事者間に長期間何らの異議がなかつたのであるから、右取扱いが被告大阪支部の従業員に関する労働契約の内容となつたものと解して差支えないというべきである。
被告は、被告事業の画一的処理の要請上、被告が大阪支部に限つて右取扱いを労働契約の内容とする意思をもついわれがないと主張するが、右画一的処理なるものは事業経営の一つの理想であつても、必然的絶対的な原則とみるべき論拠はなく、のみならず、証人木村賢一の証言、弁論の全趣旨によつて認められる右三種の取扱いが長期間にわたつて被告大阪支部の判断に任され、被告の承認の下に行なわれたきた事実を勘案すると、被告が右の点に関し画一的処理の必要を感じ、その意図を有していたとみることはできない。このような事情の下では、大阪支部の取扱いは被告自身の意思の表現であると解するのが相当であり、これを受け入れた原告ら従業員の意思とあいまつて右のような労働契約条項を成立させたとみて妨げないと考える。
なお、被告は、被告が右取扱を労働契約の内容となすべき明確な意思を有していなかつた論拠として、昭和三三年以来就業時間中の組合活動に対する便宜供与(被告のいう経費援助)を順次制限する方向で運用したきたことをあげるが、確かに前述したところからみて右傾向が存するうえ、<証拠>によれば、昭和四三年以降二五分の一カツトをした事例が増加していることが認められるけれども、前記三種の取扱いが確立した後右五〇分の一カツトの区分基準を等閑にして二五分の一カツトをなし、そのため右区分があいまいになるに至つたことを認めるに足る証拠はないこと前記のとおりであり、二五分の一カツトが数量的に増加したことが認められるにすぎないから、従前より右傾向があつたからといつて、右期間における右三種の取扱いをなすという確定的意思がなかつたということはできない。
(五) 被告は、就業時間中の組合活動に対する前記賃金保障に関する取扱いは、いわゆる組合活動に対する経費援助に該当し、分会と被告の間の集団的労働関係の場における問題であつて、個別的労働関係の問題ではないと主張する。
しかしながら、就業時間中の組合活動に対する賃金保障は、性質上就業時間中に勤務につかないでも使用者において賃金を給付するという側面と、組合活動をしたことに対し組合が負担することあるべき報酬を使用者が肩代りする側面とを有し、前者は個別的労使関係の側面、後者は集団的労使関係の側面と解されるのであり、右両側面が混然と存在し截然と分けがたいのが通常であつて、本件の場合もその例外でないと考えられる。すなわち、組合活動を理由とする欠勤に賃金を保障する場合、それが組合活動を行ない易くすることは明らかで、これを前提に労使間の円滑な関係を維持することを狙いとしてこれをなすという契機(集団的労使関係における配慮)があつたことは否定しえない(それが労組法にいう経費援助になるか否かは別として)ところであるが、他方、賃金は何よりも従業員個人によつて重要なものであるから、これに関する取決めは特別の事情がない限り個々の従業員との間に結ばれるものと解するのが相当であるし、使用者が賃金カツトをなしうるにそれをしない場合、労働者に対する賃金の生活保障的機能に着目してこれを可能な限り保障することが労働力の再生産を促し、且つ精神的にも士気の向上につながつて企業活動の能率的運営にかえつて良い結果をもたらすという利点があることを念頭においていると解するのが自然であり、また、就業規則上一般に欠勤の場合五〇分の一カツトにとどめる取扱いをしていることについて右生活保障的機能を考慮してこれを行なつている旨被告が自認している本件にあつては、組合活動による欠勤とはいえ右就業規則と同じ賃金保障をしているのであるから、分会との団交を通じて右取扱いがなされたものでもない以上被告が右個人的労使関係における配慮をなしていると十分推認することができるといわなければならない。もとより集団的労使関係における事項であるからといつて同時に個人的労使関係における事項たりえないというわけのものでもない。
被告における就業時間中の組合活動に関する取決めは、前記のとおり昭和三三年九月二五日の組合と被告との間の協定(労働協約)に始まるのであり、組合と被告との合意という形をもつて行なわれ、しかもその内容は就業時間中の組合活動に対しこれを待期扱いにするという便宜を与えるというのであるから、その限りではそれは集団的労使関係の問題としてとらえるのが適当とも思われる。しかしながら、そこでの当事者の関心は、当時はいわゆる待機時間があり余る程あつたからこれを組合活動にふりあてるということであり、それは手続的な手間がかかることは別として実質的に被告に何らの犠牲負担をしいるものではなく、いわゆる組合活動に対する使用者の経費援助とは別の性格、意味あいを有するものであつて、前記両側面とは違つた観点から理解されるべきものというべきである。
そしてそれは、協定破棄後も五〇分の一カツト実施まで基本的に変化はなかつたとみることができる。すなわち、前記五〇分の一カツト実施にあたつては、前記のように分会の届出に対し配置の便宜がはかれず、したがつて、欠勤を強行すれば業務に支障をきたすというそれまでとは違つた背景事情があり、そこで始めて真の意味での就業時間中の組合活動に対する賃金保障の問題が現れたというべく、被告においてはこの時点でこの問題に対する発想の質的転換があつたと解すべきであるから、それ以前の取扱いのあり方をもつて、五〇分の一カツト実施以後の関係の性格を推しはかることは相当でない。
また、被告は、本件賃金カツト実施後それを組合において補填しており、現実には従業員に損失が発生していないことを指摘して、五〇分の一カツト(逆に言えば、五〇分の一の賃金保障)が組合活動に対する経費援助であることの証左であるとし、集団的労使関係の問題であることの論拠の一つとするが、原告北戸義信本人尋問の結果によれば、右補填の事実は認められるけれども、もともと組合が所属組合員の組合活動に対し一定の報酬を支払つていてこれを被告が代つて支給するに至つたのであればともかく、本件においては前記のとおり、待期時間を組合活動にふりあてることが困難となり、就業時間中の組合活動に対する賃金保障をなすべきかの切実な問題に直面して、被告において前記のような様々な考慮をめぐらしたうえ、五〇分の一のカツトにとどめたものであり、しかも、労使間の団体交渉を経ておらず、被告の一方的措置で行なわれた場合であるから、結果として賃金カツト分が分会により補填され、従業員個人に損失がなかつたからといつて、右五〇分の一カツトにとどめた処置が集団的労使関係の場に限つた問題であるということはできない(組合活動に対する報酬を組合が支給するか否かは組合の選択すべき、組合運営政策上の問題であつて、必ずしも右支給を行なうとは限らないから、分会の右補填は被告の賃金カツトとの間に論理的必然性はなく、したがつて、五〇分の一カツトの実施はもともと組合の負担すべきものを被告が肩代りしたものとはいえない)。
四次に、本件賃金カツトの正当性について判断する。
1 前記のとおり、分会の届出に対し業務の配置の便宜がはかれない場合五〇分の一カツトをなすという取扱いは、被告と従業員の間の労働契約の内容をなしていると認められる以上、これを変更するには特別の事情のない限り従業員全員の承諾がなければならないことは当然であるといわねばなない。
2 被告は、右取扱いの変更は、被告事業活動の繁忙及び分会組合活動の質的、量的増大並びに被告の意思を無視した就業時間中における組合活動の強行という労使双方の事情の変更に基づくもので、正当性があると主張するので、この点についてみるに、
(一) 前記のとおり、日本経済が昭和三〇年後半から高度成長時代に入り、貿易の拡大に伴い港湾施設の整備、港湾荷役量が増大したことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、その結果荷役機械の新増設、荷造方法の改良等が進み、企業の整理統合も行なわれて過当競争が排除され、通信技術の進歩によつて船舶入港情報も的確となつたため、必然的に港湾各種企業の営業活動の効率化合理化が可能となり、被告においても検数業務の作業計画の立案が容易となつて従来多量にあつた待機時間も殆んどなくなり、事業活動が繁忙となつたことが認められ、他方、<証拠>を総合すれば、被告の事業が活況を呈しその規模が拡大するにつれて、分会員数の増加、職業の分散をみたばかりか、港湾関係企業の発展に伴い、全国的あるいは大阪港全体の規模で解決を求められる労働環境、労働条件に関する多種多様にして複雑な問題の生起に直面し、被告内部での組合活動を越えて全港湾関係の活動、大阪港関係の共闘組織との連係活動を活発化させ、そのため就業時間中に組合活動を行なう回数も増え、しかもそれは組合活動故に被告の就業要請を無視して右活動が行なわれることになる(現に業務に支障が生じた)という事態に立至つたことが認められる。
(二) しかしながら、我国法秩序は社会全体の向上発展を根本理念とし、これに資するが故に私有財産、営業活動の自由を認めるが、他方で国民に実質的平等を保障するためその規制をはかり、労働基準法、労働組合法等各労働関係法規において労働者の保護につとめているのであり、かかる法律の理念に照らすと、労働者の唯一の生活の糧である賃金に関する事項を労働者の承諾なくその不利益に変更することは、それによる企業活動の合理化なくしては倒産も予想されるなど企業の存亡にかかわる事態が発生したというような特段の事情のない限り是認されないと解するのが相当であり、本件にあつては、被告の右措置は要するにその一方的な営利追及目的に支障をきたすが故に賃金に関する定めを労働者に不利益に変更しようとするものであつて、信義則の一環である事情変更の原則の適用をみるべき場面ではないといわねばならない。
被告は、五〇分の一カツト(逆にいえば五〇分の一の賃金保障)は組合活動に対する経費援助であり、これを廃止することはかえつて労組法の趣旨にそうと主張するが、右賃金の取扱いは、組合活動による欠勤を一般の欠勤と同じ取扱いにしようとするものであるから、労組法所定の組合活動に対する支配介入の一場面として経費援助というに値しないというべきである。
(三) また、組合活動に対する賃金カツト分は組合から補填されているから従業員個人に損失はないとの部告主張も、他からの補填があつて結果的に従業員が賃金カツトの不利益を被らなかつたからといつて、右賃金カツト自体の正当性を理由づけうるものではないから、採用できない。
(四) 加えて、およそ事情変更を理由に労働契約の内容の変更を要求しうるのは、当該条項を定めた時点において当事者が予想しえなかつた事由が発生し、同条項を維持することが社会通念上著しく公平を欠き不当と認められる場合に限ると解するのが相当であるところ、前記五〇分の一カツトは、業務上配置の便宜がはかれないのにかかわらず組合活動をした場合に行なわれるものであつて、業務に支障がある場合であり、この点五〇分の一カツトの廃止の前後で事情の質的変化はないうえ、五〇分の一カツトの慣行が強固に確立したといえる時代である昭和三〇年代末から同四〇年代初めは既に我国社会経済の急激な発展過程に入り、その時点で、右取扱いが廃止された昭和四四年一〇月段階での企業活動の繁忙といわゆる待機時間の大巾減少の事態は十分予想しえたと推認しうるし、分会の活動も、既に昭和三〇年代初めの段階で全国的規模で行なわれていた全港湾関係の活動あるいは大阪港関係の他産業組合との共同活動も含め、その活動の範囲、種類とも大規模且つ複雑な様相を呈してきたことは前記認定のとおりであるから、昭和四四年一〇月当時の前記のような組合活動のあり方も予想しうるところであつたと考えられ、就業時間中に被告の意向にかかわりなく組合活動が行なわれたことも従前から組合がとつてきた態度であることは前述のとおりである。しかして、被告においてこれらの予想を折り込んだうえでの事業経営が不可能であつたことをうかがい知る資料もないから、前記五〇分の一カツトの廃止は事情変更を根拠としてこれを正当化するに由ないものといわねばならない。
(五) 更に、被告は、特定従業員が就業時間中の組合活動に従事する回数が極めて多数となる場合は企業従業員としての立場を逸脱しているから、これに対し賃金を支給することはない旨主張するが、なるほど<証拠>によれば、特定の分会員が組合活動のために就労しない場合が増加している事実が認められる。しかしながら、被告主張の賃金保障廃止の正当性を判断する基準は、当該分会員の行動が前記五〇分の一カツトにとどめた趣旨目的に照らし、右取扱いをなお維持することが被告にとつて耐えがたいものとなつたか否かに求められねばならないと解されるところ、分会員全体の観点からこれを考察すると、分会員数が増加した場合それに伴い組合活動が数量的に増加するのは必然的であり、本件の場合も、<証拠>によれば、こうした契機に基づく組合活動の増加があつたにもかかわらずこれに組合役員数の増加が伴わなかつたため、特定個人(役員)の組合活動の増加という結果をきたしたにとどまることが認められ、この事実によれば、分会員の増加に応じて役員数を増加し、これに組合活動を分散していれば右の問題は解消していたわけで、右にみたところよりしてのこのような事情は被告の予想しえなかつたところとはいえないから、被告に予想外の不利益を与え右五〇分の一カツトにとどめた目的趣旨に反し耐えがたい結果となつているということはできない。ただ、特定従業員に組合活動が集中することは、その企業にとり養成をはかつてきた当該従業員の仕事の熟練が失われ、あるいは仕事を通じて獲得しうべき将来の熟練、その従業員の対外的信用を期待しえなくなるという損失があることは明らかであり、被告においてこの面の損失を重視するなら、分会及び金従業員に事情を説明してその改善方を申入れ、それが受け入れられない場合には、従業員全体の問題として五〇分の一カツトの取扱を廃止しうる根拠が与えられると解されるが、前記のように基本的には五〇分の一カツトの取扱いが個々の従業員との労働契約の内容になつていると解される以上、かかる努力なくして(<証拠>に被告が就業時間中の組合活動の増加に対しその善処方申入を行なつたことがある事実は認められるが、右活動の特定個人への集中については特に問題としたことを認めるに足る証拠はない)特定従業員の行動を原因として(従業員の選んだ役員の行動であるとはいえ)、全従業員との間の労働契約条項を変更することにはよると、正当な根拠があるとはいいがたいというほかない。せいぜい当該従業員限りでその賃金保障要求に対し、許容しがたい限度で権利濫用として不支給の措置が是認される場合がありうるにすぎないというべきである。
五ところで、<証拠>によれば、本件賃金カツトの行なわれた別表二△印記載の各日は、前記三種の取扱いのうち、分会から届出のあつた分会員に対し業務配置の便宜のはかれない平時の場合にあたり、五〇分の一カツトにとどめるべき場合であることが認められ、これに反する証拠はないから、被告の行なつた本件賃金カツトは右各日につき五〇分の一カツトを越える部分につき違法であり、原告らはその給与差額部分の支給を受けうべきものといわねばならない。そして、右差額合計が計算上原告ら各自につき別紙一各請求総額欄記載の金額になることについては当事者間に争いがない。
六そうだとすると、原告らが各自被告に対し、別表一各請求総額欄記載の右各金員及び遅延損害金の請求として、昭和四四年一一月分(同年一〇月一六日から一一月一五日までの分、以下同じ)から同四六年八月分までの賃金(別表一(イ)欄記載の金額)についてはその最終賃金支払期日である同四六年八月二五日(賃金支払日がその月の二五日であることについては弁論の全趣旨によつて認める)の翌日から、同四六年九月分から同四八年六月分までの賃金(同表(ロ)欄記載の金額)についてはその最終賃金支払期日である同四八年六月二五日の翌日から、同四八年七月分から同五〇年五月分までの賃金(同表(ハ)欄記載の金額)についてはその最終賃金支払期日である同五〇年五月二五日の翌日から、同五〇年六月分から同五二年三月分までの賃金(同表(ニ)欄記載の金額)についてはその最終賃金支払期日である同五二年三月二五日の翌日からそれぞれ支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払を求める原告の本訴請求はすべて理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(上田次郎 東修三 田中亮一)
別表一
請求金額及び内訳表
原告名
請求総額(円)
(イ)(円)
(ロ)(円)
(ハ)(円)
(ニ)(円)
北戸義信
六六七、〇〇二
六一、九九二
一七九、四八八
一六一、一八二
二六四、三四〇
江口房雄
九七、八〇六
八〇、二一四
一七、五九二
〇
〇
久木山勝利
三三五、一八四
七二、七七八
一三二、〇八八
八九、八五四
四〇、四六四
野村充
一二、九二二
六、四二八
〇
〇
六、四九四
古門一夫
一二九、〇五四
三七、二三四
二四、五〇四
一二、九四〇
五四、三七六
橋本一十
一一、九一八
六、〇〇六
〇
〇
五、九一二
大野博之
一〇二、三一二
一九、〇七六
〇
一二、二二〇
七一、〇一六
後藤英二
二七一、四三八
一一三、五三〇
五〇、七四四
二八、九九六
七八、一六八
富田譲
二七〇、三一二
一二、八一六
一八、三一八
一〇三、四一六
一三五、七六二
西原忠弘
五五、九五二
五、〇八八
四五、〇一六
五、八四八
〇
南寿高
五二、三四四
〇
二三、三四四
一八、三五二
一〇、六四八
常谷秀雄
一四三、三六〇
〇
八二、九六〇
五〇、四一〇
九、九九〇
藤田千明
八七、〇〇六
〇
三六、〇七二
三、七九八
四七、一三六
深村宏
二六、八七六
〇
二六、八七六
〇
〇
田中正彦
一二、七三四
〇
一二、七三四
〇
〇
橋本正英
一五二、五二六
〇
二五、二九六
四五、五六六
八一、六六四
堂岡徳昭
二七、六〇〇
〇
二一、二四八
六、三五二
〇
藤後博巳
一三七、九八四
〇
〇
三一、八六八
一〇六、一一六
横田律夫
三六、八九二
〇
〇
三四、八〇〇
二、〇九二
中川勝太郎
一〇、一九〇
〇
〇
一〇、一九〇
〇
田中春夫
九二、一九八
〇
〇
二五、五三〇
六六、六六八
加藤忠
二一、四四二
〇
〇
一九、二三二
二、二一〇
村上宏
一六一、一七六
〇
〇
二八、一九二
一三二、九八四
吉広則一
二三、六一二
〇
〇
八、二二〇
一五、三九二
比嘉良明
一四四、五四六
〇
〇
〇
一四四、五四六
宮野力男
三七、六八〇
〇
〇
〇
三七、六八〇